私たちはちゃんと繋がっているから

いつの間にか、隣にいる男の見上げる角度も緩やかになっていた。
伸びた前髪を頭を振って、退けていた。それは、彼の癖だった。手で払いのければいいのにと、何度、思っただろうか。
彼は自分の身だしなみには、無頓着だ。そろそろ、髪も切らなければならないだろう。髭も口うるさく言えば、ようやく剃るのだ。
最初は彼から、逃げようと思っていた。嫌で堪らなかった。自分を憎む男と、なぜ、世界を放浪しなければいけないのだと。
手を引かれ、自分が滅茶苦茶にした世界を見て回るのは、苦痛だった。目を背けることは許されない。まるで、見えない憎悪や怒りがまとわりつくようで。
しかし、時間が経つに連れ、感じなくなり、ただ男に付いていった。
自分には、この男しかいなかった。血を分けた弟がいるが、彼と接するくらいなら、こちらがよかった。
彼は、自分に静かな憎悪を向けるくらいで、母親のようなことはしない。殴られることも、置き去りにされることも、ない。
ただ、黙って自分の手を引いている。
辺りを見回しても、逃げ道なんて、もうどこにもなかったのだ。
この手を離したら、誰が自分を必要としてくれるのだろうか。

「ねえ、そろそろ、手を繋ぐのをやめない?」
隣にいる男は、歩みを止め、こちらを見る。
小さい時には、違和感などなかった。ずっと当たり前のことだと、知らず知らず甘受していたが、自分たちを見る回りの目が、自分が大きくなるに連れ、変わっていくのが分かった。
その理由は、最近、知った。

「恋人ですか?」
そう聞いた人物は、とても穏やかな笑顔でそう言った。
それが何を示すかは、ぼんやりとしか分からないが、自分達には、到底あてはまらず、横にいる男と、一緒に首を横に振った。
そうすれば、目の前にいた男性は、不思議そうな顔をしていた。
「……ご兄妹なんですね、仲がいいんですね」
また、笑顔を浮かべそう言った。それには、反応は何もしなかった。否定を繰り返すのは、面倒だったからだ。
そこから、他愛もない話をした。
そこで、気づいたのだ。他人同士、手を繋ぐという行為は、普通ではないのだと。ましてや、性別が違えば。
自分も成長にするに連れ、彼とは色々、違うのだと、自覚した。彼のように逞しくはならず、剣を振るう程の力はない。
彼は男で、自分は女なのだ。
彼と違うということは、少し悲しかった。

その提案に、カイムは何か考えているようだった。手は繋がれたままだ。
「逃げないわよ。死ぬ気もないわ」
死ぬ勇気はない。だから、誰かに殺されたかったのだが、それはことごとく、彼に阻止された。
手を離され、自分の言葉は信用されたのだと、少し安心する。
しかし、腕を掴まれ、その考えを否定しようとしたが、彼は身につけている腕輪を取り、自分の腕へと付けた。腕が離され、付けられた腕輪を見つめた。
「……くれるの?」
見上げて、問えば、彼はゆっくりと頷く。しかし、その目は逃げるなと言っていた。これは、首輪なのだと思った。見えない鎖で繋がっているのだ。
そんな物、必要ないのに。
彼が大事にしていたものだ。いつも肌身離さず、身につけて、定期的に綺麗にしていた。
体があたたかいものに包まれる感じがした。自分の知らない感情が、芽生えていた。
なぜだか、鼓動が早い。なんなのだろう。
言葉を探しても、それに見合う言葉を、自分は知らない。
カイムは歩き出す。
「待って……」
差し出す手は、空を切った。 慌てて引っ込める。自分から言ったのに。
視線に気づき、見れば、カイムが待っていた。早く来いと言わんばかり。
手を差し出してくる。
「やめましょうって、言ったでしょう」
彼の手を無視し、自分が先頭に立つ。
彼の背中がない風景は、広く、どこまでも見渡せるが、どこか物足りない。
視界に入る彼の背中。カイムが歩き出していた。
それについていく。
彼の手が、もう自分の手を掴むことがないのだと思うと、目頭が熱くなった。





後書き
大きくなったマナとカイム
15年、連れ回していたという衝撃の事実
ハゲが裏切ったのが、2の三年前ですから
驚きました
二十歳になるまで一緒にいたのかと
いや、逃げ出したって言うから、てっきり小さい時に逃げられたものかと……
逃げる気なんて、本当はなかっただろう、マナちゃん
少し、カイムを意識し出したから、逃げ出したのかと
愛されたいのに、愛されない苦悩で
カイムの腕輪をマナちゃんがしているんですよね
もう一つパターンを考えてるんです
それも書きたいと思います

2012/10/25


BacK